| ※前書き このページは、このまま忘れ去られてはいけないゲームと思う物をご紹介をさせて頂きます。 主に家庭用ソフトに出回らなかったものがメインで80年代の業務用となります。(1部例外有) |
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| ◆今回のお題◆ |
| 番外編: ブループリント(ジャレコ)?年 |
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当時、行き付けのゲーセンは数多くありましたがこのゲームを置いてあるのはたった1件だけでした。 なので、このゲームは多分あまり出回らなかったレアゲーだと思いますが実際とうなんでしょう? 今回は番外編ということで、名作とは逆の「なんだこりゃ?」というゲームのご紹介です。 その名は「ブループリント」 何が「なんだこりゃ?」かと言いますと、まず初めてこのゲームを見たとき「なんだ、あの上の方で追っかけている怪しいキャラは!?」と思った方は私だけではないはずです(多分) その怪しいキャラは女性を終始追っかけまわしていますが徐々に距離が縮まっていきます。女性が捕まってしまったらプレイヤーの人数が減りやられたことになるので、これがクリアまでの制限時間となっています。 と、そこまではいいんですが、これがまた捕まってしまうのが早すぎるということが問題で普通の方だったらまずノーミスで1面クリアするのは難しいかと思います。 |
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ゲーム内容ですが、知らない方が多いかと思いますので細かく解説させて頂きます。画面下部中央に設計図があり、そこに各家に隠されたパーツを見つけ、それをはめ込んでいき完成させます。家には必ずパーツがあるとは限らずハズレや1度パーツを取った家に再度入ったりすると爆弾を持たされてしまいますので必ず入った家全てをクリアまで覚えていないといけません。 爆弾はただでは捨てることが出来ず、必ず画面右下のゴミ箱まで持っていかないといけません。もちろん時限爆弾ですのでノロノロしていると爆発してしまいますので注意です。実際爆弾を1〜2回持たされるとタイムロスとなりノーミスクリアは絶望的なので最悪です。 しかも、タイムが厳しいのでサクサクパーツを集めたいところですが上から爆弾のようなものが適当な軌道(上手く説明できずすいません)で降り思うように動けず、尚且つ苦労してはめたパーツを壊しにくるキャラも登場し、嫌がらせもここまで徹底してされると脱帽物です。 そしてやっとマシン?を完成させたのでこれでクリアか・・・、と思いきやまだ続きがあり、そのマシンから発射させる弾で追いかけてるキャラを倒さないといけません。 弾は自由に狙った所に撃てる訳ではなく本当に適当な軌道で自動的に発射されるため当てるのも容易ではありません。 と、このパターンを毎面延々と繰り返します。 ハッキリ言って、プレイするとストレスが溜まるのは必至で今までに10回程度しかプレイしたことがありません。 ゲームを愛する者としてあまり悪いことは言いたくはなかったのですが、どうしてもこれだけは生涯別の意味で忘れられないゲームとなっております。 超番外編 私のゲームヒストリー 其の壱 LSIゲーム、ゲームウォッチ、ファミコン・・・から今に至りますが最近ではゲームをプレイしている暇がないのが残念です。 初めてプレイしたゲームが業務用スペースアタック(SEGA)というスペースインベーダーもどきのゲームで、「をを!何という面白さ!」と感激したのがきっかけです。 それを期に色々なゲームが登場しゲーセンも軒並み増えてきたときのこと、地元では”ゲーセンに行く=不良になる”という勝手な構図が作り出され、学校からゲーセン出入り禁止命令を出されました。 その時、ゲームに対して理解をしてもらえたらと思って先生方に抗議しようかとも思いましたが、今で言えば自民党内で郵政民営化反対!と言うようなもので、結局実行できずじまいでした。 その時はまだ小学生でしたが、言っていることは分かる気がしたんです。と、いうのは当時風営法が今のように営業は24時までと決められていなかった為、どこも当然24時間営業でしたので、おのずと深夜怖い人達が集う場所と化していたからです。 確かに、私も小学生ながらもヤンキーのお兄さんと友達であったりと、はたから見ればそう思えるかもしれませんが、年齢や相手が誰であろうとゲームが好きなら、話題も弾みすぐに仲良くなれるというのがゲーセンの魅力の1つでした。 そんな時代、ゲームの攻略本などは一切無く、ただ「ゲームセンターあらし」という漫画が唯一の情報誌だったので愛読していたのですが、その漫画にも恐怖の魔の手が忍びより、PTAの方々から有害図書指定に認定され読むことさえも禁じられました。 今では気軽にゲームソフトを購入し家でプレイでき、困った時は攻略本を見て、ゲーセンに行こうと思えば自由に行け本当にいい環境になったなと、しみじみ思います。思えば当時はゲームに対する理解が得られずゲーマーにとっては、まさに冬の時代でありました。 と、言ってもゲーセンは私にとって心のオアシスですので毎日通っておりましたが、、、。 同年代の方はご存知の通り当時はファミコン等家庭で出来るゲームが無かったので、ゲーム(業務用)がある場所なら何処へでも行っていました。 地元ネタで申し訳有りませんが、そんなある日津田沼のOIOIの道路を挟んで斜め前の大きなゲーセン(今ではパチンコ屋)にマンハッタンというゲームがあり物珍しさに熱中した覚えがあります。 内容は単純で、トランポリンを使ってデコボーヤなるキャラを屋上までジャンプさせればパーフェクト。屋上まで着かなかった場合は障害物を避けながら落下していくというDECOのゲームです。 これも当時あまり出回らなかったレア物で現在では基板もメチャクチャな値が付いているようですので、もう1度やりたかったのですが夢に終わりそうな予感がします。 そんなこんなで時は流れ1991年、対戦ブームの火付け役となったゲームが登場した。 その名は、どなたもご存知の「ストリートファイター2」。実際2ではあまり対戦する方はいなかったと思いますが、2ダッシュになり通信対戦ができるような筐体の配置設置をしているゲーセンが数多くあり、私もトコトンはまってしまいました。 毎日対戦に8000円ぐらいは注ぎ込んでいて今思えばなんだったんだ!と思うばかりで。 その行き着けのゲーセンはゲーメスト(今では廃刊)の編集者も来る場所で、よく神業を披露して皆のやる気を煽りたててくれたのを覚えてます。 2ではガイルの真空投げ(敵が近くにいれば空中でも投げれる裏技・業務用初期版のみ可能)も1早く知ることが出来たのを記憶しています。
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